「甘い生活 ホワイトデー編」 BYしろわにさん


苺タルトをほおばりながら、高耶は考え事をしていた。
もうじき、ホワイトデーである。高耶はいつもマシュマロ!を頑なに遵守していたの
だが(直江の性格から言って、プレゼントのようになにかあげると必ず倍返しになっ
て高耶の元に返ってきそうだからである)、今年のバレンタインの直江の贈り物は
一味違った。
なんと、手作り品だったのである。あの直江が、手作りのケーキ。普通の女の子が
作るのとはワケが違う。味見をするだけでも苦痛だろうに、と思うと、高耶もなにか
お返しに心の篭もった品を、と思ってしまったのだが。
(……やっぱり、高いものはダメだ。直江の趣味はオレとは違うし……あとは……)
フォークの止まった高耶に、綾子が声を掛けた。
「どうしたの、高耶。お腹でも痛いの?」
あまりといえばあまりな綾子の言葉に、高耶は脱力した。
「……ねーさん。それでも客商売してるのかよ……」
綾子は細い腰に黒い細身のカフェエプロンをつけて、ワイシャツ姿に細身のパンツ
が逆に色っぽさを漂わしている……というのが一見したところだが、少なくともこの
カフェの常連客は、中身はまるで逆だということを知っている。知ってはいるが……
「オレが食べてる最中に止まったら、即、腹痛かよ。そうじゃなくて、考えてたんだ!」
「……何を?」
「……そうだ、ねーさん。バレンタイン、うまくいったのか?」
「……ええ、慎太郎さんは、私のあげたケーキを残さず食べてくれたわ!」
一瞬の間を思うと、綾子の恋人の慎太郎氏に合掌を禁じえない高耶だったが、それ
はそれ。
「なあ、お返しって、何が貰いたい?」
しごくストレートに高耶が問うと、綾子はおかしそうに含み笑いをした。
「直江の欲しいもの、でしょ〜?それは、もちろん、高耶のアイ、じゃないのぅ〜?
あ、もうとっくに直江のモノなのねぇ〜。ふふふ、いいわね、初々しいわぁ。アタシも
バレンタインでお返しは三倍返し!なんて言っていた時代もあったけど、今は二人
一緒が一番よ〜。そうそう、慎太郎さん、バレンタインに花束をくれたのよう。
こおんな大きいの。それでね、『外国では大切な人にプレゼントを贈るんだっていう
から』って、ねぇ?それで、ねえ、そのあとは二人で……」
綾子の惚気をそのあと延々聞かされて、高耶は聞かなければ良かったと後悔した。

駅前のケーキ屋で、高耶はショーケースの中を眺めていた。普段は混み合うはずの
時間だが、今日は定休日。この店のパティシエ、千秋修平の新作へのアプローチの
日である。
そこに、何故高耶がいるのかというと、もちろん、その『黄金の舌』を見込まれての
ことだった。
「おい、こっち座っててくれ。今、持って来る」
ケーキの焼けたいい匂いが漂い、高耶の心が浮上した。
「今回は春の新作と、ヨーグルトを使ったケーキにしたんだけど、どうだ?」
とりあえず、苺のヨーグルトケーキを食べる高耶。
「……うん……ヨーグルトは、市販の○○?」
「……よ、よくわかるな、お前……。ちなみに、こちらはおんなじヤツの種とって、お前
の言っていた牛乳で作ってみたんだけど、面倒だし、心配だし、ちょっとなぁ……」
「う〜ん。自分で食べるんならヨーグルトも手作りでいいんだけどなぁ、そうだよな、
たくさん使うとなると、ムリだよな。でも、ここの牛乳、最近ヨーグルトも売ることにした
らしいぞ」
「え、マジか?……そっか、やっぱ、こっちのほうがコクがあるよな。それで、苺の
ピューレを混ぜたのと、混ぜないで切ってみたのと、丸ごとごろごろと……」
「うう〜ん、そうだなあ……」

ひとしきり食べ比べて、千秋が水を持ってきてくれたので高耶はそれを一息に飲んだ。
「はあ……」
「あんがとよ、高耶。さてと、ヨーグルトワッフルは綾子の喫茶店で出したいって言わ
れてんだよな。でも、あの店、サンドイッチとかスパゲッティとか、カレーとか、普通っ
ぽい軽食も置けばいいのにな。……ムリか」
千秋が笑いながらそう言うと、高耶も思わず苦笑した。
「ねーさん、器用なはずなのにな。温めるだけのカレーとかならいけるだろうけど、
ご飯が……その場合、電子レンジだろうな、パックのヤツ……」
綾子の作ったサンドイッチを思い出す。まあ、食べれなくはないが、金を払いたいかと
言われれば……。業務用カレーのほうが無難だろう。
「ま、アイツの場合、やる気の問題じゃないか?紅茶とかコーヒーとか、あんなに気を
つかって淹れているんだし」
「やる気……」
ねーさんのバレンタインでの『やる気』と結果のちっとも比例しなかった現実を聞いて
いるだけに、高耶は千秋のことばに頷けなかったが、バレンタインから必然的に現在
の高耶の懸案を思い出した。
「おい、高耶。コレ、礼だ。クッキー。もうじきホワイトデーだし、例のザッハトルテ女に
も一応はお返し、すんだろ?……あ、クッキーとかもうまいのか、ソイツ」
ソイツに負けていたらどうしよう、と千秋は冗談めかして呟いた。
「いや、森野のはソレはそれ、千秋のは千秋のだし。……それより……そうだ」
高耶は思いついたことを千秋に相談した。


愛する高耶さんの待つ自宅へと帰る直江の足取りは限りなく軽い。高耶さんの手作
り弁当は今日もおいしかった!などと思いつつ、階段を登る。ひそかな直江の努力
(笑)である。
インターホンを鳴らし、高耶が迎えてくれるのを待つ。すぐに玄関が開けられて、黒い
髪が覗いた。
「お帰り、なお……」
「高耶さん、ただいま帰りました!」
いつもの通り高耶さんに抱きつく直江。高耶は苦笑しながらもまんざらでもない様子
で、直江の『ただいまのきす』というシロモノを頬に受けていた。

高耶お手製の夕食をにこにこしながら直江は食べ、食後のお茶を入れるために
台所へ向かった。その台所の隅に、ラップをかけられたボールがちょこんと置かれて
いた。思わず中を覗き込むと、なにやら捏ねられた粉らしきものが膨らんでいる。
「……高耶さん、あそこに置いてあるボールはなんですか?」
高耶は直江の言葉に一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに、パン生地だと答えた。
「たまには朝食がパンでもいいだろ?明日の朝、焼きたてを食べさせてやるから」
「え、そ、そうですか……」
直江の返事がイマイチなのは、朝食に高耶が手をかける=夜が短く、というより
大抵なし!だから、なのだが。高耶はそんな直江の内心にまったく気づく様子はない。
「そろそろ冷蔵庫に入れておこう。あとは明日作るし」
ふんふんと鼻歌を歌いつつ、ボールの中身をなにやら確認して上機嫌で笑う高耶に、
直江は内心で涙したのだった。
「ところで……高耶さん、あの、ざっはとるてさんに、お返し、するんですか?なんなら、
私が買ってきますが」
「ざっは?ああ、森野か。ドイツ人かと一瞬思ったぞ。それなら、千秋がクッキーくれ
たから」
こともなげに高耶が答える。直江としては、いかにも『カノジョがカレの代わりに作り
ました!』的な手作りクッキーを渡して予防線を張ろう、と画策していて、実はすでに
千秋に頼み込んでクッキーならびに素人風ラッピングの約束を取り付けていたのだ
が、あてが完全に外れてしまった。
「そ、そうなんですか……。高耶さん、あの……」
「オマエは、なにか買ってきたらダメだぞ!オレがお返しすんだからな!」
直江は、はあ、と少しばかり力なく返事したのだった。


バレンタインから一月後。ホワイトデーである。直江は『あげた側』だと高耶に明言
されてしまい、何も買えなくてすこしばかり淋しかったが、幸い日曜日。一日中一緒
にいられるので楽しみで仕方がなかった。
高耶からのホワイトデーのお返しは、マシュマロと決まっている。普段ならばマシュ
マロなどあまり食べたくない直江だったが、この場合のマシュマロは大抵高耶→
直江→高耶の口の中、と決まっているので、直江にとっても嬉しいものだった。
だが、今年は一味違った。
ほわほわとした気分で遅めの朝食を済ませ、コーヒーを直江が入れている間に、
なにやら高耶が電子レンジにかけていた。なんともいえない甘い匂いがあたりに漂う。
「……なんですか、コレ」
クッキーのようなものの間に、白いもの……もしや、マシュマロだろうか。
「クラッカーにマシュマロをのせて、レンジでチン!そして、もう一枚のクラッカーで挟
み込み。……名づけて『マシュマロサンド』。マシュマロはいつものだけど、クラッカー
は手作りだぞ?」
ホラ、と差し出される。
「なんだ、オレのマシュマロが食えないっていうのか!」
まるで酒を無理強いする悪い上司(思わず直江は柏木に因縁をつける光源氏を連想
した……)のごとく、直江の口に突っ込みかねない勢いでそのサンドを差し出す高耶
を可愛らしいと思う辺り、直江もいいかげん重症なのだが。
差し出されたそれに、そのまま唇を寄せて口にする直江に、高耶も一瞬止まった。
「……おいしいですよ、高耶さん」
にっこり笑う直江に、高耶は照れたように、おう、と答えて下を向いた。耳まで赤い。
「あ、あのな……こ、こっちは、チーズサンドだから、甘くないから。直江でも、大丈夫
だろ?」
なんのかんの言って、『直江のために甘くなくてお菓子っぽいものを一生懸命考え
た!』というのが照れくさくて、ああいう態度になることを直江はよおく知っていた。
しかも手作り。高耶が愛しくて、今すぐ抱きしめたい想いに駆られる。
「ええ、頂きますよ……あとで、ね」
そう言って直江は、マシュマロより甘い、と言いつつ、お約束のように高耶の唇を味
わったのだった。
「バレンタインの夜は、高耶さんにシテいただきましたから、今日は、私が……ね?」
まだ夜には程遠い時間だったが、高耶も頬を赤く染めて頷いてくれたのだった。

 

「甘い生活」のホワイトデー編を頂きました♪ もうシリーズですね、しろわにさん(^o^)
直江のためにこっそりと、でも一生懸命「甘くないお菓子」を考える高耶さんが可愛かったです〜〜!
そしてそして高耶さんが愛しくてたまらない直江。どちらも凄く相手の事が好きっていう気持ちが表れていて
とても良かったと思います(^^)
素敵なあまあま作品を、ありがとうございました!!
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