「ありがとう」 BYしろわにさん


雨上がりのアスファルトは黒く濡れて、朝日を浴びて輝いていた。
大気はまだどこかに雨の匂いを残して、それでいてどこか柔らかくみずみずしい。
高耶は大きく息を吸い込んだ。
今日はよく晴れた気持ちのいい一日になりそうだ。
一年で一番綺麗な季節。
木々の若緑を見ながら、そんなことを思った自分に苦笑した。
……それはきっと、あの男の生まれた季節だから。
澄んだ青空を見上げて、高耶は大きく伸びをした。

電話越しの声は、どこかもどかしさを感じさせる。
しばらく、会えなかったからかも知れない。
それでも、その声は高耶を安心させる。
「……うん、六時に、な」
休みを取れなかったことをしきりに謝る男がなんだか可愛らしく思えて、高耶は
くすりと笑った。
「……そんなに謝らなくてもいいぞ、お前の誕生日なのに」
高耶が苦笑しているのが伝わったのか、電話の声も苦笑の響きが混じった。
「うん……なに言ってるんだ、バカ。一人で行けるって。うん……」
そっと目を閉じて、その声に聴き入る。自分のためだけに奏でられる音楽のよう
なそのバリトン。
なかなか電話を切れない自分に喝を入れて、自分からじゃあな、と言って受話
器を置く。
耳の底に残る余韻を味わうように、高耶はそのまま動かなかった。

待ち合わせの時間はもう少しだ。いつもは待たせてばかりの高耶だが(とはいえ、
男が早く来過ぎるだけなのだが)、今日は約束よりも三十分ばかり早い。
高耶は腕時計を見つめた。それも男からの贈り物だ。そっと文字盤の上のガラス
を指先で辿る。
……あと、三十分。
よく男はこうして自分を待っている。待っている時間は、待ち遠しいと同時に、どこ
か浮き立つような気分にさせてくれる。
……早く会いたい。でも、こうしている時間も嫌じゃない。……男が必ず来ると知っ
ているから。
……ほら。
まだあと十五分以上あるのに、いかにも済まなさそうな顔で、走ってくる。よほど時
間に遅れたのかと周囲には思われているだろう。
高耶は浮かんでくる微笑みを隠さなかった。
男が、高耶の前で立ち止まる。
少しだけ息を切らして、きっと高耶に謝ろうというのだろう、その唇が開く前に。
「……直江、誕生日おめでとう……」
高耶の言葉に、直江は一瞬驚いた顔をして、それから幸せそうに微笑んだ。

……お前に会えて、良かった。
今日、一緒にいられて、良かった。
なかなか言葉にはできないけれど。
……ありがとう、直江。


あああ、なんて愛しさに溢れた小説なんでしょうか!
高耶さんの「直江が好き」という気持ちと、そして「今、最高に幸せ」という気持ちがひしひしと伝わって
きます。もちろん直江も幸せです。かなり心が温まりました(^^)
しろわにさん、ありがとうございました!!
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