「あなたがいる風景」 BY京香


近くにいると気がつかないことってあると思う。
例えばそれは、その人の癖であったり、性格であったり、物事の捉え方であったり。
初めこそ目に付いて意識はするのだが、時が流れるにつれてそれは薄らいでいく。いわゆる「慣れ」である。それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。ただ、いつのまにか、大切な何かを忘れてしまっているような気がして、時々無性に不安になる……。

直江が帰宅したのは午後8時を回ったところだった。いつもより退社時間が遅かったのに加え、事故渋滞に巻き込まれたのがいけなかった。かなり飛ばして帰ってきたつもりだったが、リビングにいるはずの高耶の姿はなかった。

(風呂に入っているのか?)
高耶の食器が直江のと同様に裏返しになっているところを見ると、まだ彼が夕食を取っていないのがわかった。直江の帰りが遅いので、先に風呂に入ってしまったのか。
いつもなら一緒に食べる夕食。朝は共にバタバタしているのでゆっくり顔を合わせている暇はないし、昼は問題外。夜だけでも同じ時を共用しようとは、暗黙のうちに交わされた約束だ。そしてその「約束」を破った事は二人とも一度もなかった。

それなのに。
自分は一体何をやっているのか。
食卓に並べられた夕食を見て、申し訳なさがこみあげてくる。
彼はどれくらい待っていてくれたのだろう。
直江の為に作った夕食を前に、どれくらい……。
理不尽であったとはいえ、高耶に寂しい思いをさせてしまった。そのことが直江には許せなかった。それでも、先に食べていれば良かったのに、そう思う一方で自分の帰りをけなげに待っていてくれた高耶に愛しさが募る。

(勝手なものだ…)
けれども、疲れて帰ってきた直江にとって、心癒せる高耶の存在はすごく大きなものだった。
(高耶さん…)
急に感情が溢れて、直江はすぐにでも高耶の顔を見たいと思った。
きっとあなたは照れ臭そうに言ってくれるのだろう。ぶっきらぼうに、けれどもとても優しい声でおかえり、と。その時に見せてくれる、あなたのまぶしい笑顔。
その笑顔を見るだけで、俺は天にも昇るような気持ちになる。
早く顔が見たい。
早くあなたに触れて、抱きしめて、キスをして、そして、そして―――。
これからの幸せな一時を考えて一人口元を緩めていると、そこにようやく待ち人の高耶が姿を現した。

「あれ? 直江、帰ってたのか」
高耶が部屋の中に入ってくると、それに伴い石鹸のいい香りがした。やはり高耶は風呂に入っていたらしい。パジャマの衿もとから見える、上気した肌が悩ましい。湯上がりでサッパリした高耶はとても新鮮で、男の劣情を煽った。
思わず抱きしめたい衝動にかられた直江だったが、そんなことをしたらどうなるか知れている。
直江は耐え忍ばなくてはならなかった。

「すみません、遅くなって。もっと早く帰るつもりだったのですが」
怒られるのを覚悟で言い訳すると、意外にも高耶はあっさりしていた。
「ああ、別にいいよ。それより……」
「? 高耶さん?」
高耶が何か言いたそうな顔をしている。けれど、いくら待っても口を開かない彼に一人首を傾げていると、ややして高耶がフイと視線を逸らした。
「……何でもねー。あ! それより早く食おうぜっ。腹減った!」
そう言うが早いか、早速箸に手を伸ばした高耶に直江が待ったをかけた。
「その前に髪を乾かさないと。風邪をひいてしまいまいよ」
「そんなの後々。メシ食ってからでいいって」
「しかし……」
「…るせぇな、大丈夫だって!」
言いざま料理に手を伸ばした高耶に直江もしぶしぶ倣ったが、やはり濡れて肌に張りついた髪が気になる。

「高耶さん。やっぱり乾かしたほうが……」
箸の動きを止めて再度促すと、それを見た高耶がいきなりギッと睨みつけてきた。
(―――えっ!?)
「た、高耶さん…?」
それは、口うるさい直江を排除しようとするにしては、行きすぎたガンだった。
訳がわからず困惑したまま高耶を窺い見ると、彼はなんだか怒っている―――ような気がする。
何故…?
そんな、うるさく言ったつもりはないのだが……。
「高耶、さん?」
「―――」
恐る恐る名前を呼んでみるが、今度は無視されてしまった。それでも諦めず、何度か話しかけてみたのだが、高耶はウンともスンとも言わない。これは、明らかに怒っている。しかし―――、このぐらいの言いあいはよくあることだ。が、今まで邪険にされたことはあるものの、ここまで完璧に怒らせた事はない。
もともと機嫌が悪かったのだろうか。いや、でも、直江の前に姿を現した時は、いたって普通だった気がした。
では何故…?

「………」
なんだかわからないけれど、直江の何かが高耶の不興を買ってしまったのは事実だ。
折角の甘い一時の始まりだったというのに、なんたる不覚!
幸せな時間というのは容易にして壊れるものだ、と苦い思いをかみしめながらも、高耶の作った料理はおいしかった。

高耶を怒らせてしまったことにより、甘い夜は望めなかった。
一人わびしい思いを抱えながらベッドに入ると、疲れが出たのだろう。急速に襲ってきた睡魔に、直江は意識を手放そうとしていた。
高耶への弁解は明日にしよう。
原因はわからないけれど、高耶が怒っているのだ。知らないうちに何か気に触ることを自分はしてしまったのだろう。
とにかく謝るに限る。
謝って許してもらって、そして今度こそ高耶を力いっぱい抱きしめよう。
そうして俺の腕の中で、彼はとても幸せそうな顔を見せるのだろう。
それはどうにかしてしまいたくなるほどの、とろけた表情を…。
俺の腕の中だけで見せる、あなたの安堵した横顔。想像するだけで口元が緩んだ。

そんな自分に都合の良い近未来予想図を描きながら眠りにつこうとした、―――まさにその時だった。
パッと照明がついたかと思うと、突然直江の上にのしかかってくるものがあった。
「!」
驚いた直江が目にしたのは、怒りのオーラをまとった高耶の姿だった。
「おいコラ、直江っ! てっめぇー、何一人でさっさと寝てんだよッ」
「はっ!? た、高耶さん?」
「おまえっ、おまえっ……!」
どうやら何か言いたいらしいのだが、二の句が継げないでいる。
肩をふるふると震わせて直江をまたぐ高耶に、一方、直江は何がなんだかさっぱりわからない。
だいたい、先ほど高耶を怒らせてしまった原因すらわからないのだ。この状況が何を指しているのかも当然わからない。

「高耶さんっ。落ち着いて。一体どうし……」
「バカ! わかれよっ」
言いざま噛みつくようなキスをしてきた高耶に、直江は目を白黒させた。
(こ、これは一体!?)
高耶からキスをしてくることは、まず、ない。
過去の経験から言っても、とっても上機嫌な時とか、したくて我慢出来ない時。
それと自分が強要した時ぐらいしか思いつかない。
では今回は―――!?
唇を離して間近で見つめあう。しかもこの体勢。ついイケナイ事を連想してしまう。
「高耶さん……」
吐息が触れるほどの近さで囁くと、高耶が誘うように唇を開いた。それに高耶の本気を知った直江は、今度は自分から唇を寄せた。
唇を合わせながら、覆い被さっている高耶の衣服を器用に剥いていく。そうして現れたみずみずしい肌に直に触れてやると、高耶がピクンと体を震わせた。
高耶のものは既に勃ち上がりかけていた。先ほどのキスだけで興奮したらしい。
反応の早い高耶を可愛く思いながら、直江は小さく震えるそれにも手を伸ばした。

今夜はもう望めそうになかった甘い夜。突然降って沸いた喜ばしい事態に、直江は嬉しさを隠せない。そんなこともあっていつも以上に丹念に可愛がってやると、高耶は息も絶え絶えに甘い声を撒き散らした。それに煽られてますます愛撫に力を入れると、終いには高耶は涙を飛ばしてよがった。
「は…ぁ、ん……、なお…!」
足を深く折り曲げ、中心に直江を受けいれる。
奥深くまで突き進むと、待ちきれなかった高耶が夢中で腰を振った。
結合部分から漏れる、濡れた音。切なげに眉を寄せて快感にむせび泣く高耶に、直江も想いのたけを注ぎこんだ。

疲れ果てた高耶は、直江の傍で眠りについている。
あどけない顔を無防備に晒して。

直江はもう知っている。
高耶が突然怒った理由を。
高耶も欲しかったのだ。ぬくもりを与えてくれる存在を。
直江が早く高耶を抱きしめたかったのと同じで、高耶も直江からの抱擁を待っていたのだろう。それが遅くなってしまった事への償いだと言わんばかりに。
けれど、そんな事を高耶が言えるはずもなく……。
濡れた姿で現れたのは、高耶からのシグナル。
それなのに見抜けなかった愚かな自分。しかも下手な遠慮が高耶を傷つける結果になってしまった。

なんて不器用なんだろう、私達は。
けれども、そんな在りかたもあっていいだろう?
あなたとなら、―――いや。あなたとだから、手探りの恋愛でも構わない。
愚かでも、無様でもいいから、共に歩いていこう。
直江は微笑すると、傍らで気持ち良さそうに眠っている高耶の髪をすいた。

あなたがいる風景。
たったそれだけのことなのに、なぜだかとても、―――幸せだと感じた。


END
 


京香さんに1周年記念でいただきました☆
誘い受けな高耶さんvv見事にゆの的ツボです(><)!!高耶さんに石鹸の匂いって絶対似合いますよね〜vvv(喜)あとシャンプーとか☆近くまで行かないと香らないってトコに魅力を感じますvvv(笑)萌え〜v
京香さん、幸せな小説をありがとうございました☆
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送