「昨日よりもずっとあなたが好き」 BY京香


時間の割に明るい室内に、直江はふと顔を上げた。
もう午後も7時近い。仕事に集中していたせいであっという間だった。けれども
外は未だ明るく、夜と呼ぶには早いような気がした。
(随分と日が延びたものだ)
ついこの間までは、この時間ともなれば外は闇に覆い尽くされていた。気温も日
中のそれと比べてグッと下がり、肌寒さを覚えるほどだった。それが今は―――。
(日が延びたのはいいことなのか)
外が明るいうちは、つい仕事を頑張ってしまうきらいがある直江だ。今日も差し
込む陽光に、背を押されるように余分な仕事まで片づけてしまった。
やれやれ、と生真面目な自分にため息しながら首を巡らした時だった。視界に飛
び込んできたカレンダーに、ふと思うところがあって居住まいを正した。
視線が、ある数字の上で止まる。
(そういえば―――)
7月23日。
それは、直江がこの世で最も愛する人の、誕生日であった。
(もう、そんなになるのか)
最近頓に忙しくて、ついうっかりしていた。気がつけば、高耶の誕生日はもう目の
前ではないか。
(今年は彼に何を贈ろうか)
高耶が欲しがっていた物は、たいていプレゼントしてしまった直江だ。誕生日が
どうこう言う前に、常日頃から貢いでいるのだからそれも当然だ。高耶も高耶で、
アルバイトで得た給料でちょっとしたものは買っているようなので、ますます
何を贈ったらよいのか迷ってしまう。
(高耶さんももうすぐ23歳か。……それならば、少し大人っぽい物がいいかも
しれないな。社会に出た時のために、役立つ物を揃えておくのもいいだろう)
最近の高耶は少年らしさが抜け、青年らしい精悍な顔つきになってきている。
もともと切れ長だった目も鋭さが増し、以前よりも迫力が増した。表情もあどけな
さが抜け、時折直江でもドキリとするような笑みを浮かべるようになった。
大人になったのだな、と思う傍ら、そんな高耶の成長を間近で見守ることが出来
たことが直江にはうれしい。
(俺は幸せ者だな)
直江はマンションで帰りを待つ、高耶の顔を浮かべた。
自然と口元が綻んだ。


                        *


直江が帰宅すると、既に夕食が並べられていた。
食事&後かたづけは交代制にしているのだが、最近は毎日のように高耶が用意
してくれている。
多忙な直江を気遣ってのことだった。
それを申し訳ないと思いつつ、高耶のそんな気配りが直江には嬉しい。
愛しさがこみ上げてつと高耶を引き寄せると、突然のことに彼は驚いたようだ。
一瞬ビクッと体を揺らした高耶だったが、キツく抱きしめてやると直江の腕の中
でくたっと力を抜いた。甘えるようにもたれ掛かってくるのが愛しい。思わずソノ
気になって唇を貪ると、ブレた息の中、高耶が抗議の声を上げた。
「メシ…、冷めちまうだろ」
そうだった。
折角高耶が用意してくれたというのに、無駄にするところだった。
直江は名残惜しげに高耶を離すと、
「続きは後で、ね」
甘く耳に囁いて耳朶を噛んでやった。すると高耶は目に見えて真っ赤になった。
大人になったと先ほど思った直江だったが、高耶のこういうところは以前と変わ
らないようだ。何度もその体を抱きしめ愛を囁いているというのに、相変わらず
高耶はウブな反応を見せる。
照れているのとは少し違う。高耶は、抱きしめる度に自分に感じてくれているの
だ。
なんて嬉しいことなのだろう。
誰よりも愛しい人が、自分の腕の中で安らぎ、感じてくれているなんて。
普段はどこか近寄りがたいオーラを発している高耶が、直江の前ではとても砕け
た笑顔を見せてくれる。甘えてくれる。それだけでも十分嬉しいのに、さらに直
江を感じ受け入れてくれる高耶に、直江はどうしようもない愛しさを感じてしまう。
高耶が好きだ。愛している。彼を腕の中に閉じこめて、誰にも見せたくなんかない。
エスカレートする、高耶への想い。
その思考の果ては危険だとわかっているのに、想うことを止められない。
(高耶さん……)


「……え。直江って!」
「!」
突然高耶のどアップが目の前にあって、直江はらしくなく慌てた。
気がつけば食器は片づけられ、目の前には湯飲みが置かれている。
どうやら直江が自分の考えに没頭しているうちに、高耶が全てをやってくれたよ
うだ。すまなく思っているとそれが顔に出たのか、テーブルの向こう側にいた高
耶が側に寄ってきた。
「おい、大丈夫か? さっきからぼーっとしてるけど」
ため息をつきながらの言葉だったけれど、高耶が心配してくれているのがわかる。
直江は微笑を浮かべると、傍らにいる高耶を見上げた。
「心配してくれているんですか? ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。
少し考え事をしていたんです」
「考え事? 仕事のことか?」
尋ねてくる高耶の眉が顰められる。散々残業までして、なおかつ家にまで仕事を
持ってくる直江に、高耶はいい感情を持っていない。「そんなに働いていつ休む
んだ」とは高耶の弁である。
つまるところ、高耶は直江の体を心配してくれているのだ。それがわかるだけ
に、直江の笑みは自然優しくなる。
「いいえ。違いますよ。―――あなたのことです、高耶さん」
そう言うと、意表をつかれたようで高耶はビックリした顔を見せた。
「オ、オレ? え? え…? 何で……?」
「―――誕生日は楽しみにしていて下さい。きっとあなたにとって、素敵な一日
にしてみせます」
誓うように、高耶の唇にキス。
一瞬にして真っ赤になった高耶は、次にはにかんだ笑みを浮かべた。


昨日よりもずっとあなたのことが好き。
23日は、あなたがこの世に生を受けた事に心から感謝をしよう。
だから、もっと笑って。

あなたの笑顔が、私のすべてなのだから―――。


fin

ごめんなさい、初出じゃないんです……;; 読んだことがない人が多いと嬉しい
です^^; 誕生日当日ではなく、ずっと前の設定になってます。



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