「bitter and sweet」 BYケロさん
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『すいません、今夜は帰れそうにありません』 そう言い辛そうに、電話で直江が切り出した時、高耶は一瞬意味が理解 できずに「そうか。仕事なら仕方が無いよな・・・」とだけ言って電話 を一方的に切った。 料理の途中で取った電話は、もう作業を続ける必要は無い事を意味している。 これ以上、何もする気にならなかった高耶は、片付ける気も失い、台所から出た。 明日は自分の誕生日だった。 『今年のあなたの誕生日は、一番最初にあなたに、おめでとうと伝えたいんです。だから、深夜12時に乾杯しましょう。誕生日当日は、バイ トも休んでくださいね』 そう言いだしたのは、直江だったのに。 「仕事なら、仕方が無い・・・」 自分に言い聞かせるように、呟く台詞にショックはじんわりと染み込んでくる。逆効果もいい所だった。 言い出したのは、ヤツの方だったのに。 自分から一方的に電話を切ったのは、あれ以上話したらみっともなく恨み言を言ってしまいそうになる自分がイヤだからだ。 一緒に暮らし始めて、半年。 一緒に居るのがあたりまえになりすぎて、イヤになる。 淋しいと思ってしまう自分も。 独りでは、食事をする気にもならない自分。 こんな事で、落ち込んでしまうなんて。 情けねえ、ヤツ。自分で分かっている。 「今日はシャワーでも浴びて、酒でも飲んで寝ちまおう」 自分で言い聞かせるように呟くと、高耶は浴室に向かった。 シャワーを終えて着替えを済ますと、高耶は冷蔵庫の中を覗き込んだ。 二人で飲もうと思って、買ってきてしまったギネスビールの封を開ける 。 以前、直江にショットバーに連れていってもらった時に、二人で飲んだものだった。 ビールを陶器のジョッキで出てきている他の客を見て、直江はバーテン に陶器ではなく、ガラスのグラスでと注文を付けていた。 『別に、どっちでもいいだろ』 『このビールは、色も楽しめるんですよ。黒ビールは確かに苦味が強いのでそこばかり言われますが、深い黒いビール自体から出る泡のグラデ ーションが綺麗なんです』 そう言って届いたビールを、少し上に掲げる直江。 その色調が、直江とよく合っていた。 そんな光景を思い出し、今日の買い物で見つけたギネスを高耶は今日の深夜の乾杯に使いたくて買ってきてしまった。 でも、居ないならしかたがないさ。そう呟き、缶に直接口をつける。 今日はグラスに告ぐ必要は、ない。そう思いながら。 そのまま自分の部屋に、向かう。 同居する際の、高耶から言い出した条件だった部屋。 『絶対、寝室は二つ。でなけりゃ、このままあのアパートに住む』 『必要ないと思いますけどねぇ』 そう笑いながら折れた直江の言うとおり、殆ど使っていない部屋。 生活感の無い部屋は、何故か寒い。 こんな蒸し暑い夜なのに。自分の部屋なのに。 高耶はそのドアを閉め、リビング経由で直江の寝室に入る。 二本目のギネスの缶と、直江のタバコを手にして。 ベッドに腰をかけて、一気にビールを流し込む。 「こんな味だったかな。・・・もっと、うまかったような・・・」 もっと、心地よい苦味が・・・。口にして気がつく。あの夜にあって、 今夜に足りないものが・・・。 気がつくと、その事実にいらだちながら、サイドテーブルに乱暴に缶を置き、ゴロンと横になる。すると、ふといつも包まれている匂いがそこからした。 高耶の頭が今置かれているのは、いつも直江が使っていた枕だった。 飛び起きて、自分の頭をガシガシとかく。 一瞬、その匂いで安心してしまった自分に、驚いた。 いいさ、今日は自分独りしか居ないんだから。 明日の朝一番で、証拠隠滅すりゃ・・・。 思い立つと高耶は、直江の香水──エゴイストを自分につけ、直江のタバコ──パーラメントに火をつけた。 灰皿は、空になったビールの缶。寝室では、直江はタバコを吸わない。 けれど、書斎で仕事関係のパソコンに向かうとき、チェーンスモーカーになる。高耶には、体によくないと吸わせたがらないくせに。 でも、この香りに包まれると、条件反射のように安心してしまう自分に 、今日気がついた。 いや。分かってはいたが、酔った時でなければ認められなかった。 いいさ、明日の朝アイツが帰ってくる前に、掃除して台所も片付ければ 。淋しかったなんて、アイツには、絶対気がつかせない。 タバコを缶でもみ消し、もう一度ベッドに横になる。 今度は眠れそうな気がする。 ようやく襲ってきた睡魔に、高耶は意識を手放した。 ふと、寒さに起こされかけた高耶は、半分寝たまま肌掛けをかけようと手を伸ばした。 冷房をタイマーにするのを忘れたことに気がついたが、面倒だ。どうせ 、やかましく言うアイツは帰ってこないんだから。 けれど、あるはずの肌掛けに手が届かない。眠りながら、手探りで探すが手にあたったのは、ココに今は無いはずの温かい手だった。 「高耶さん、こんなに冷房をかけたまま寝ては、風邪をひきますよ」 「・・・!な、なおえ?」 「ただいま帰りました。遅くなって、すいません」 「今日は帰れねーって!」 「ええ。12時は過ぎてしまいました。でも、高速道路を飛ばしてきました。なんとか明日の休みを確保してきましたよ。・・・誕生日、おめでとうございます。高耶さん」 そして、直江は高耶に甘いキスを落とす。優しく覚醒を促すはずだった 、キスはどちらからとも無く激しいものへと変化した。直江がそっと高耶の下腹部に愛撫の手を移動させた時、高耶は違和感に気が付いた。 「まっ、待った!・・・なんでオレ、何にも着てねぇんだよッ」 「さぁ」 直江は微笑みながらも、その手を止めない。 「さぁ、じゃねぇーだろ!!お前の他に誰が居るんだ!」 「分かっているでしょう。なら答える必要は無いと思ったんですよ。─ ─急いで帰ってきてみれば、どこもかしこも電気は点いたままで、起きているのかと思えば、声をかけても何も答えない。探してみれば、最後にまわったこの部屋にあなたが居た」 「だからって、なんでいきなり脱がしているんだよッ!」 「あなたの寝室なんて、必要なかったでしょう?」 意表をついた返答に、高耶は返す言葉を失った。 「あなたに、こんな香りは必要ありませんし。あのまま抱きしめたら、 私があなたの香りを楽しめない」 直江は高耶の首筋に顔をうずめると、跡を残す口付けを幾度となく落と す。 息があがっていく高耶を、確かめるように瞳を合わすと微笑みながら囁いた。 「お帰りとは、言ってくれないんですか」 「・・・っ。言って欲しけりゃ、その手を、止めろよ・・・」 「乾杯は済んでしまっている様なので」 直江は高耶に気づかせるように、サイドテーブルの缶に視線を動かした 。高耶は全て気付かれているような、居心地の悪さから横を向いた。 「あと、あなたを喜ばせるために、出来ることをしようかと・・・」 「腹も減っている・・・」 そっぽを向き、唇を尖らせながら文句を言う高耶に、いつもは隠された子供のような仕草を感じ、直江は強引に唇を塞ぐ。 もう、言葉はいらない。 互いに欲しているのは、分かりすぎるぐらい分かっている。 あとは二人であの高みへと上り詰めるだけだった。 その数日後、思わぬ所から直江に通知が来た。 スピード違反の出頭通知だった。 高速道路に設置された自動取締り装置に捕らえられてしまった。 それをポストから受け取ったのは、高耶。 隠せない笑みの高耶から、それを受け取った直江は苦笑するしかなかっ た。 それさえも、幸せの1ページ。 END |
うふふ、幸せです〜。直江不在の寂しさを紛らわせる高耶さんっ。誰も見ていない所では、普段恥ずかしがってやろうとしない事もやってしまう。うぅ、可愛いっ。そして、当然の如くそんな高耶さんの期待に応える直江!さすがです!!でも、最後のオチは笑えましたね(笑) ケロさん、素晴らしい作品をありがとうございました♪ イラストがとってもいい雰囲気です(^-^) |
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