「待ち合わせ」 BY京香



華やかに彩るクリスマスイルミネーション。
イブの夜は綺麗な光に包まれ、街往く人たちに幸を与えている。
足早に家路に着く人もいれば、恋人と待ち合わせだろうか。期待に胸を含ませながら、人待ち顔をしている者もいる。いつもの夜よりも人の出が多いような気がするのは、決して気のせいではない。
(みんな幸せそうだな…)
目の前を通り過ぎる人々は、一様にみんな楽しそうにしている。
クリスマスというだけで華やいだ気分になるのは、みんな一緒なのだろう。
そして、自分もその内の一人だと思うと、なんだか高耶はとても気恥ずかしく感じるのだった。
高耶は被っていたキャップを目深に被り直すと、凍えてしまった手をポケットに突っ込んだ。
待ち合わせは7時丁度だった。
もともとバイトの入っていなかった高耶はいったん自宅マンションに帰り、再び出てきた。
時間ピッタリに行こうと予想を立てて出てきたつもりだが、実際には20分ほど早く着いてしまった。直江の事だから、待ち合わせ時間よりは早く来るだろうが、少なくとも10分は待たなくてはならないだろう。カップルばかりのこの場所で待つのは正直しんどかったが、だからといって移動する訳にも行かず、高耶は居心地悪そうに座り込んでいた。
今日はレストランで外食をする予定だった。
高耶と直江は、同居をしている間柄だ。同居を始めた当初こそは、互いのライフスタイルに馴染むまで時間がかかったものだが、今や二人の間には緊張というものが一切無くなっていた。それは嬉しい変化ではあったが、たまには初心を懐かしく感じるもので……。
クリスマスぐらいは、初々しい恋人のように過ごしてみたい。そう提案したのは他でもない直江だった。離れて暮らしていた時のように、外で待ち合わせをして、一緒に食事をする所を決め、そしてホテルで甘い一夜を過ごす。普通のカップルのような、砂糖菓子のような甘い時間を過ごしてみたいと直江は言ってきたのだ。
そう言う直江に恥ずかしく思ったものの、高耶とてその意見には賛成だったので、今、こうして男が来るのを待っているのだった。
(早く来ねーかな)
腕時計を見ると、待ち合わせ時間まであと5分といったところだ。
普段の彼なら、もう来てもおかしくない。
高耶は目深に被ったキャップの下から、こっそりと駅の出口をチェックし始めた。
黒いコートを羽織っている男を中心に目で追いかけてみる。が、目当ての男は一向に出てくる気配がない。
(遅れてんのかな)
それならば連絡してほしいと思った。念のためケイタイを見てみるが、電話もメールも入っていない。
高耶はため息をつくと、ケイタイを無造作にポケットに突っ込んだ。
まだ5分あるんだ。待とう。
しかし、高耶の瞳には言い様のない寂しさが現れている。
風が強いわけでもないのに、何故だかとても寒いと思った。
一緒に暮らしてからというもの、こんな風に外で待ち合わせする事は無くなっていた。しかも、今まで高耶は男を待ったことがない。だから、今みたいに男を待つ事に不安を感じてしまうのだ。
(来なかったらどうしよう)
そんな事は無いだろうが、高耶の不安は募っていく。
今だって既に15分も待っているのだ。これで男が30分なりとも遅れてきでもしたら、自分は待っていられるだろうか。
こんな、寒い場所で……。
(直江……)
同じ場所で待っている人たちの元には、次々に想い人が到着している。恋人と一緒になった人たちは、みんな幸せそうに笑みながらその場を立ち去っていく。ひとり、またひとりと去っていく後ろ姿に、高耶は段々惨めなような気分になってきた。
直江が来ないなんて事は絶対にあり得ないが、こうして一人でじっと待っているのは高耶には辛かった。けれど、考えてみれば、いつもこの立場にいるのは直江の方だった。
離れて暮らしていた時は、電車を乗り継いでくる高耶の方が時間に遅れる事がしばしばだった。一番長い時で、1時間待たせた事もあった。けれど直江は文句一つ言わず、ずっと待っていてくれた。待って、そして悪いと謝る高耶に優しく笑んで……。
今考えると、自分はなんて直江にすまない事をしていたのだろうか。彼が待っていてくれる事に甘えて、謝れば済むなんて考えて。直江が自分を待っていた時に、何を思い、何を感じていたかなんて考える事もなく…。
(今、こうして直江と同じ立場になってみて、ようやくわかるなんて、な)
高耶は自嘲した。なんて傲慢だったのだろう、自分は。こんなんじゃ、直江に見放されても文句は言えない。
高耶が自己嫌悪に体を丸めた時だった。隣に誰かが立ったのがわかった。ハッと見上げると、そこには高耶が待ち望んでいた人物が、穏やかな微笑みをたたえながら立っていた。
「……直江」
「遅くなりました、高耶さん」
そう言いながら手を差し出す直江。高耶はその手を見つめた後、ふてくされたようにそっぽを向いた。
「別に。待ってなんていねーよ。今、7時になったばっかだろ」
(あぁ。こんな事が言いたいんじゃないのに)
「えぇ。でも、早めに来てしまったんじゃないですか?」
その言葉に内心ドキッとしたが、待っていたなんて思われたくなくて、高耶はわざと悪ぶった。
「んな事ねーよ。オレもついさっき来たばっかだ」
「そうですか?」
「そうだよ」
(なんで素直になれないんだろう)
そう俯く高耶の耳に、直江のクスクスという笑い声が聞こえてきた。それにカチンときて見上げると、直江がすぐ目の前で高耶の顔をのぞき込んでいた。
「バ、バカッ」
いきなり過ぎて心臓が跳ね上がる。高耶は逃げるように立ち上がった。
パンパンと尻に付いた埃を払う高耶の手に、直江が再び手を差し出す。
握られた直江の手は、とても暖かかった。
「行きましょうか」
公衆の面前でと思ったが、今日ばかりはいいか。
それに、少しだけ自分のことがわかったし。
こんな日は、少し大胆になってみてもいいかもしれない。
高耶は素直に頷くと、今日初めて直江とまともに向き直った。
「あぁ!」
凍えそうだった高耶の体は、繋がった手のひらから徐々に暖かくなってきている。
男の優しさに包まれながら、高耶は幸せそうに笑んだ。



待ち合わせネタは、前から書いてみたかったのでした。
直江の方面からも出来れば書きたかったかも?
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