「Bitter Better」 BY夕霧さん


「…すごい」
ピンクと赤と、ブラウン。それに、金や銀といった眩しいくらいの色彩の
洪水に、これまた群がるように集まる女性達。
数をこなす義理チョコと違って、本命のための凝ったチョコを売るその
売場は女性達の異様な雰囲気が漂っていた。
バレンタインデー当日にもかかわらず、いや当日だからこそだろうか?
着飾った女性達の集団は、蜜に群がる蝶を彷彿とさせる。
毎年の事ながら、高耶は驚きつつその一角を眺めていた。
「こんなことならねーさんに頼めば良かったぜ…」
男ひとり、しかもどう見ても本命のチョコを買うには不自然すぎる。あの
中に入ってゆく勇気はとてもじゃないが、自分にはない。溜め息をつい
て、逃げるように売場を後にした。


「高耶さん、お待たせしてすみません」
本当は今日も遅くなるはずだったのに、無理して仕事を片づけてきた
直江が笑顔で告げる。
「別に平気。それよりもお前、疲れてんだろ?このまま家に帰った方
がいいんじゃないか?」
「あなたと一緒にいればそんなもの感じませんよ」
とっくに九時を過ぎていてふたりともそれぞれ食事をとっていた。だけど、
今日出かけるのは一週間前からの約束。
直江はどんなことがあっても、ほんの1時間でもこのイベントを外で過
ごしたいのだという。
「…明日、ぶっ倒れても知らないからな」
赤くなる顔を見られたくなくて、目線を窓の外に向ける。
そんな俺の照れ隠しなどお見通しなのか、直江は微笑みいつもどおり
のハンドルさばきでウィンダムを走らせた。
「久しぶりに海でも見に行きましょうか」
そういえば、場所の約束もしていなかった。直江にしてはめずらしい。
思いつくまま出かけたかったのだろうか?
「そうだな。最近、全然見てないし。こんな寒い夜に見に行く物好きな
んて俺らぐらいだろうから、きっと空いてる」
「案外先客がいるかもしれませんよ?」
意味ありげに言葉を返してきた。よく分からないので首を傾げていると、
くくっと笑みが漏れる。
「今日は恋人達の夜だから」
低くて、腰にくる声。何度も聞いているはずなのに、いつも心臓が跳ね
上がる。今度こそ頬が熱くなるのを感じた。俺はただ無言で睨み付け
るように、直江を見つめる。
「車さえ運転してなかったら、今すぐキスするんですけどね」
その言葉にハッとして、慌てて悪態をついた。
「事故なんかしたら二度と車に乗らねぇぞ」
「それは困ります。だったら、真剣に運転しないといけない。教習所で
も、こんなに緊張しなかったのに」
「俺は鬼教官だから、覚悟しろよ」
「肝に命じます」

海に着くまで、そして夜の海を歩きながらもたわいもないおしゃべり
を続けた。ごく普通の会話。だが、ふたりがこんな関係を築けるなん
て夢にも思わなかった。ずっと、夢は夢でしかないと思い続けてきた。
(お前に伝えたい…どんなに大切に想ってるのか)
バレンタインデーなんていうイベントにかこつけてでもなければ、不器
用な自分は素直な気持ちを伝えられないから。そう思って行ったあの
売場だったが、結局チョコを買えなかったのだ。そのことが、高耶を落
ち込ませていた。
――コンコン
突然の物音に驚いた。どうやら深く考え込んでいて直江が戻ってきた
のに気が付かなかったらしい。
「どうぞ」
自分に先に戻っているように言った直江の手に、缶コーヒーがふたつ
握られていた。さすがにこの時間帯で開いている店もなく、近くの自販
機でホットコーヒーを買ってきたというわけだ。それでも夜の海を散歩し
て冷えた体を暖めるにはちょうど良い。
ヒーターの音と外の波の音だけが車内を満たす。目を閉じれば、包み
込まれるようだ。
すると、ふたつの音を遮って直江が包みを差し出した。
「高耶さん、受け取って下さい」
「これ…」
「チョコレートです。日本では女性から男性にというイメージが強いで
すが、もともとは恋人が愛を伝えることを許された日なんですよ。つ
まり、チョコを送るのが目的ではなくて愛し合えることに感謝する日
なんです」
でもやはり形式に添わせました、とその包みを握らせる。
まるで、俺がチョコを買えずにめめしく悩んでいたのを知ってたみた
いだ。…いや、直江の事だから分かっていたんだろう。
「俺は何にも用意してない」
「私があげたかった。ただそれだけです。あなたがいればそれだけ
でいい」
「…本当にいいのか?」
そういうと、そっと頬にキスをくれた。
「高耶さん。あなたは笑うかも知れないけど、俺は一緒にいられる
この時間も幸せなんです。あなたという存在が幸せをくれる。だか
ら、チョコなんて無くてもこの想いを伝えられれば、それだけで今
日という日の意味がある」
耳元に囁かれた言葉。それが俺の中の変な固まりをゆるゆると
溶かしてくれた。さっきまでの重い気持ちと違ったから自然に笑
えたのだろう。俺の顔を見て、直江の顔も綻ぶ。
「…やっぱり俺からも渡したい物があるんだけど」
手にしていた飲みかけのコーヒーを口に含み、直江に口づけた。
素直に出てこない言葉の代わりに、ほろ苦い液体をそそぎ込む。
コーヒーが無くなったのに気づいた頃には、すっかり息が上がっ
ていた。互いに名残惜しげに唇を離す。
「愛してる、直江」
伝えたかった一言。素直に口から零れた言葉に、直江が幸せそ
うに微笑んだ。
「甘いですね」
「…ビターコーヒーのどこが甘いんだよ」
「照れ屋なあなたと同じです」
「勝手に言ってろ」

スイートなチョコレートにはなれないけれど、
たったひとりのお前のために
ほろ苦くとも甘い、そんな俺でいよう。

うわわ、どうですか!? ねぇ? 高耶さんからの不器用な愛の告白v ちょっとカッコイイ
です! 咄嗟にコーヒーで「渡したい物がある」だなんてっ! キャッ(>ゥ<)
直江も大人の余裕で、高耶さんを包み込んでいるって感じで素敵でした! ちょっと崩した
しゃべり方にも萌えでしたよ! 夕霧さん、素敵な作品を本当に有り難うございました!!
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