クリスマスお題「ツリー」 by.京香


12月にもなると、どこもかしこもクリスマスカラーに染められる。
少し大きな通りに入っただけで聞こえてくる、クリスマスソング。小さい頃、母の手に
繋がれて聞いたそれと、全く変わっていない。時代が進み、クリスマスの過ごし方も
自分を取り巻く環境も大きく変わってきたけれど、昔から歌い継がれているクリスマス
ソングだけは、あの日、母と妹と共に耳にしたものと同じだった。
なんとはなしに通る街角で、ふと遠い昔に思いを馳せてみる。思えばあれから随分
経ったものだ、と小さく笑むと、それに気がついた傍らの男が声を掛けてきた。
「どうかしたんですか?」
「!」
とたんに現実に引き戻された高耶は、「あ、」と小さく声を漏らした。気まずそうに指で
こめかみを掻きながら、男に顔を向けた。
「な、なんでもねーよ。…なんだよ、見てたのか?」
そう言って唇を突き出すと、直江はくすりと笑った。
「懐かしそうな顔をしていた。どうしたんですか?」
しっかり見ていたと言う直江に、高耶はますますブスッとしてしまう。
「趣味悪ィやつ」
「たまたま目に入ったんですよ」
「どーだか」
「信用ないんですね」
そう言ってくすくすと笑う直江に、通りすがりの女性達が振り向いていく。これだから
こいつと街の中を歩くのは嫌なんだ。高耶は不機嫌そうに唇を結ぶと、両のポケット
に手を突っ込みながら歩き出した。
「高耶さんッ」
直江が追ってきて腕を掴んだ。訳もなく苛立った高耶は、ポケットに手を入れたまま
直江の腕を払う動きをした。
「離せよっ」
「ポケットに手を入れて歩くのは危ないですよ。寒いのでしたら手袋買いましょう」

―――高耶。そんな格好で歩いたら危ないでしょ。転んでも知らないわよ。

(あ……)
突然蘇った母の声。
一瞬動きを止めた高耶は、次の瞬間我に返るとボソリと呟いた。
「……いらねーよ」
「高耶さん」
せめて手は出しなさいと言う直江に、高耶はしぶしぶといった風に手を外に出した。
冷たい北風が、なけなしの体温を一気に奪っていく。思わず手を摺り合わせようと
したところで、直江に右手を握られた。
「オ、オイ」
「早く店に入りましょう」
「手ぇ離せよ。みっともない」
高耶は狼狽えたように言ったが、男は聞かなかった。
やや強引に高耶を引っ張ると、賑やかそうな店内へと足を踏み入れた。


手袋なんて家にあるからいらない、と言ったのに、直江は高耶用にと新しい手袋を
買ってしまった。
「安物ですから」なんて言って笑っていたが、高耶が普段買ってもいいかなと思う
金額よりもワンランクは上にみえた。
「これだから金持ちは」
「何か言いましたか?」
会計を済まして振り向いた直江に、「何でもねーよ」と呟いた。
「それにしても、クリスマス一色ですね」
店内は、赤や緑、それに金銀といったクリスマスカラーに変わっていた。クリスマス
まではまだ2週間もあるのだが、いや、だからだろうか。店内のムードはMAXといっ
ていい。親に連れられて歩く子供達が、みな一斉に目を輝かせている。カップルの
イチャつき具合もいっそ素晴らしい。こんな所に男二人でいる不毛さに、高耶はボリ
ボリと頭を掻いた。
「もう少しだもんな」
「あなたは何か、欲しいものはありませんか?」
「―――は!?」
「買ってあげますよ」
そう言ってニコニコと微笑んでいる直江に、高耶は目眩がした。
「バカか。オレは女じゃねぇ」
「そんなの関係ないじゃないですか。貰える物は貰っておいた方が得ですよ」
「い、いいって」
ジロジロと周りから見られている気がして、高耶は居たたまれない。ただでさえ、この
男は目立つ。
それなのにこんな事言われでもしたら、恥ずかしくてたまらない。
直江の腕を乱暴に振りほどくと、高耶は一足先に店を出た。
とても一緒になんて、いられなかった。それに、ああいう人の多い所は苦手だ。
いるだけで息が詰まりそうになる。
高耶は店の前に立って、ようやく息をついた。そうして、冷たい北風を吹かせている
大空を見上げた。
いつの間にか、日が暮れていた。
冬の逢魔が時は早い。
ますます厳しくなった寒さに、高耶は買ってもらったばかりの手袋をはめ込んだ。
「……何してんだよ、あいつ」
すぐに出てくるとばかり思っていた直江は、意に反してなかなか出てこなかった。
また女に捕まっているのかもしれない。怒りよりも先に、探しに行こうかと思った時
だった。
ようやく直江が店から出てきた。
「何やってたんだよ。おせーな」
「すみません。お待たせして。……あぁ、こんなに顔が冷たくなって」
言いながら頬を大きな手で包み込んできたから、高耶は驚いた。
「バッ……!」
「早く帰りましょう。高耶さんが風邪をひかないように」
高耶はボカッと直江の背を叩くと、
「お前は一言多いんだよッ」
「何も叩かなくてもいいじゃないですか」
「……フン」
高耶はそっぽを向くと、ズカズカと歩き出した。それを追うように、直江もきびすを返
した。
空には一つ、一番星が煌めいていた。



―――数日後。

「宅急便でーす」
玄関チャイムと共に、宅急便が届けられた。
家にいた高耶は「はいはい」と玄関に向かうと、届けられたばかりの荷物を見た。
「……なんだ、コレ」
荷札には、雑貨と書いてある。差出人は「橘 義明」だった。
「あいつ、何買ったんだ?」
かなり大きい箱である。
受取人の名前が高耶になっていたが、今ここで開けるのは憚れた。
高耶は直江が帰ってくるのを待つことにした。

やがて日が落ちて、同居人の直江が自宅へと帰ってきた。
荷物を見るなり喜色の色を浮かべた直江に、高耶は小首を傾げた。
「なぁ、何買ったんだ?」
「開けてくれて良かったのに」
言いながら高耶に開けるように促す。高耶は不審に思いながらも、バリバリと包装
紙を破り取った。
「……え? これって」
思わずポカンと口を開ける高耶に、直江はにこにこと笑った。
「開けてみて下さい」
高耶は箱にくっついていたセロテープを剥がすと、ゆっくりと上箱を取った。
「わぁ……」
箱の中にはホワイトツリーが納められていた。結構大きい。
「お前、これ買ったのか?」
「あなたへのクリスマスプレゼントです」
「え? なんで……っ」
直江は微笑むと、箱の中からホワイトツリーを取り出した。1メートルはあるだろう
か。結構な存在感がある。
「早く飾りましょう。イブが更けてしまう」
今日はもうクリスマスイブだった。高耶は何故ツリーを買ったのか問いただしたい
気分だったが、その言葉に急かされるようにツリーを飾り始めた。
「えっと…、これどうなってんだ?」
ロクに説明書も見ずに、オーナメントを飾っていく。高耶は子供の頃にあまりツリー
を飾った事がないのか、はたから見ても不格好な飾り付けだった。せめて説明書を
見れば少しはマトモにものになるのだろうが、説明書に頼らないで自分の考えだけ
で飾ろうとする高耶に、彼の意志の強さを見た気がした直江だ。
直江が傍らから、邪魔にならない程度に助言をする。高耶は最初こそ不真面目に
取り組んでいたが、作業が進むうちに面白くなってきたらしい。後半は、実に楽しそ
うにツリーを飾りつけていた。
電球を螺旋状に巻き付け、ツリーのてっぺんに星を置いてホワイトツリーは完成した。
「おお」
「綺麗ですね」
完成したばかりのホワイトツリーは、きらびやかに光っている。昔懐かしい「クリス
マスツリー」に、高耶は眉を下げた。
「今って、白いのもあんのな」
「普通のクリスマスツリーにしようか迷ったのですが、こっちにしました」
「高かっただろう」
「そんな事はありませんよ」
直江はそう言うが、高耶から見たら結構な金額だ(この場合、実用性を視野に入
れてある)。昔団地に住んでいた時に飾っていたツリーは、このホワイトツリーより
もかなり小さいものだった。
「それにしても、なんでツリーなんだ」
「嫌でしたか?」
「え? そういう訳じゃないけど……」
ツリーがプレゼントだなんて、子供じゃあるまいし。そう高耶は言いたいらしいが、
喜んでいる事は隠せない。目がチラチラとツリーに向けられている。
「初心に戻ってみることにしたんです。あなたがまだ純粋だった頃に」
「……って、オイ。なんだよ、それは」
シツレイな奴だな、と憤慨する高耶に、直江は微笑を口に掃いた。
「たまにはこういうのもいいでしょう? ……あなたが、昔を懐かしんでいるよう
だったから」
その言葉に、高耶は小さく目を見開いた。
心当たりは、あった。
直江はどうやら、気がついていたらしい。
先日、クリスマスソングを耳にした高耶が遠い目をした事に。
街灯に滲む街角を振り返って、昔を思い出していた事に。
(気づいていたのか)
「じゃあ、これはあの時の……」
手袋を買った店で、一人直江は出てくるのが遅かった。恐らくあの時にツリーを購入
して宅配を頼んだのだろう。高耶に喜んでもらう為に。咄嗟に……。
(おまえって奴は……)
「本当はもっと大きいのが欲しかったんですけどね」
しれっと言う直江に、高耶は目を剥いた。
「……バカ! んなの部屋に入んねーじゃねぇかっ」
「そうですね。私たちの寝る場所が無くなってしまう」
真面目な顔で冗談を言う直江に、高耶は思わず笑ってしまった。どうしてこいつは
こう……。
(そうだ)
ふ、と思いついて高耶は言ってみた。
「……直江、知ってっか?」
「? 何をです?」
「ツリーの下でキスをしたカップルは、未来永劫幸せになれるらしい」
そう言って、直江の首根っこを掴んで触れるだけのキスをする。直江は驚いて、
目を見開いた。
「私は、柊の木の下でと聞きましたが」
「そうか?」
「しかも、柊の下にいる相手なら、誰にでもキスをしていいという話だったような気
が……」
「…うるせぇよ!」
高耶は赤くなった頬を、プイと背けた。高耶なりの照れ隠しだとわかった直江は、
とても嬉しそうに笑った。
「どちらにせよ、私はあなたを幸せにしますよ」
「フン!」
「高耶さん、愛してる」
直江は顔を傾けると、愛しい唇にキスをした。
高耶はとても恥ずかしそうにしていたが、その表情はとても可愛く、しばらく直江の
心を掴んで離さなかった。



クリスマスツリーって、皆さんは飾ってますか?私は2回ぐらいしか覚えがないんですよね。
クリスマスツリーを飾っている時、雪が降っていたのを覚えています(クリスマスに停電になった時も
あった)。今思うと、昔は本当に雪が多かったんだなぁって思いますね。高耶さんのクリスマスの思い
出にも、雪はつきものかもしれません。
*back*
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送