「あなたがいれば」 BY哲さん


「直江、忘れもん!」
エッと振り返ると怒っている顔でそれでいて頬をほんのりピンクに染めた高耶が立っていた。
その手にはお弁当をもって直江に差し出している。
「…もしかして、私にですか?」
呆気にとられた顔で答える直江に少し期待はずれな反応だった高耶はむくれてプイと顔をそらした。
「他に誰がいんだよッ!」
高耶のご機嫌を損ねたのに気付いた直江は慌ててフォローする。
「ああ、そうでしたね。すみません、あまりに嬉しかったのでつい夢かと…」
「はぁ?何バカなこと言ってんだ、たかが弁当にッ!」
そういいながらもまんざらでもなさそうに高耶の頬が一段と赤くなった。
(かっ可愛い…)
つい邪な気持ちに体が思うよりも先に行動にでていた、しかし熱い抱擁をしようとした直江より先に高耶がそれをかわす。

直江に弁当を押しつけて腕を伸ばした分だけ体が離れた。
「早く行かないと遅刻するだろ!お前、今日は忙しいって言ってただろッ」
「…そうですけど、少しくらいなら別に…」
といいながら直江は諦めきれないのか、高耶に伸ばした手を下げようとはせずに中途な格好で止まっていた。
ここで下手に強引にでてしまって高耶の機嫌を損ねたくなかったのだ。
最近仕事で忙しい直江は高耶との時間が減ってしまってかなり苛ついていた。
だが高耶とて寂しいのは同じなのだが、どういう関係か疑いたくなる同居人の高耶にも何も言わず優しく接してくれている照弘には感謝していて、自分の我が儘で直江を勝手に会社を休ませたくはなかった。
だから今日は休むと言いかねない直江に溜息を吐いてもう一言付け加えた。
「折角の弁当を無駄にする気か?」
この言葉に逆らえる訳もなく、直江は高耶に伸ばした手を渋々引っ込めたのだが。
「ぁ…」
本当に聞き逃しそうな小さい声でも直江は聞き漏らさなかった、自分で言っておきながらやはり高耶も直江の引っ込めた手を寂しそうに見詰めていた。
(まったく、あなたというひとは…・・)
そんな顔をされてほっておける者がいようか、まして相手が最愛のひとなら尚更だ。

一旦は引っ込めた腕を伸ばして高耶を抱き締める。
高耶は驚いて固まっていたが、ハッと我に返ってあばれだした。
「ば…ばか!もう、早く行けって!直江ッ」
「そうですね、でもあなたを残して行くなんてとても出来そうにないですよ…」
「なッ!ガキじゃねーんだッオレは!」
真っ赤になって怒っているが本気ではなかった。
直江は暴れる高耶に顔を近づけてクスリと笑う、高耶の動きが止まり、お互いの額をくっつけた。
「そうですね、寂しいのは私の方です…」
「……ばか言ってんじゃねーよ」
弱々しい高耶の返事。
(寂しいのはお前だけじゃねーんだ…)
そう聞こえる答えに満足したのか直江は悪戯っ子のように口端をつり上げて笑う。

「ねえ、高耶さん。キスして下さい」
「なッ…、朝っぱらからテメーは!」
とはいうが朝からキスすることもしばしば、起き抜けは毎日といっていい。
但し『いってらっしゃい』のキスを照れ屋な高耶が自分から出来るはずもなく、直江がいつも勝手にかすめ取るのだ。
深志の仰木高耶としては、『ここは外国じゃねーんだ!テメーは日本人だろ!昔の戦国の人間が何言ってやがる!!』てな感じであるのだが、直江は見た目からしてすでに日本人離れした感があるし、それが嫌味にならない男なので高耶もつい流されてしまう。今日とても既に流されつつあった。
「してくれたら会社に行きますから、ね?」
(ね、じゃねーってんだ!ったくコイツは!)
だがしかし惚れているのはお互い様で、好きな相手の願いをすげなくも出来ず溜息をしつつ恐る恐る唇を近づけた。
ほんの一瞬ふれあわせて慌てて逃げる唇。
「これだけ?」
今更こんなキスだけなのが高耶らしい、夜ともなれば高耶だってもっと濃厚なキスだってするのに、その恥じらいが可愛らしくてついもっと虐めたくなる。

口を尖らせてムッとしている高耶にもっととねだる。
「もう、おまえは朝からこんなとこで…」
もう一度唇を近づけてきた高耶、今度は先ほどよりも深く唇を押しつけた。
そしてそのまま逃げようとする唇を直江が捕らえて強引に舌を絡め取り、口腔を犯していく。
たっぷりと唇を味わってから、高耶を離した直江はふらついた高耶の体を支えて暫く抱き留めていた。少しして高耶が直江の腕から抜け出して真っ赤な顔で睨んでくる。
その瞳は潤んでいて直江に睨んでも効果はなかったが。
「ほら、約束しただろ!早く行けよッ」
「はいはい、分かりました」
ニッコリと笑って直江は高耶のお弁当を鞄に入れてドアを開けて振りむく。
「ごちそうさまでした、では行ってまいりますっ」
片目を瞑って直江は上機嫌に出て行く、さっさと行けという感じに高耶は足で蹴飛ばすマネをした。
それをかわすように出て行く直江。
「ばーかっ」
直江の居なくなった玄関で、だがその顔は幸せに綻んでいた。もしこんな顔の高耶を見ていたら直江は会社を休んでいただろう。

さて上機嫌に仕事場の兄の事務所に向かった直江は、着いて早々忙しく仕事を片づけていた。
そして時折、鞄のお弁当をチラリと見詰めて時計を確認してはお昼を楽しみにしていた。
アッという間に楽しみなお昼の時間。早速自分の鞄から愛妻弁当を取り出した。
事務の女性がお茶を運んでくれてきたのを有り難く頂く、だがお茶を渡しつつ彼女はずっと直江の弁当を何かいいたそうにチラチラと見ていたが結局は何も言えずに去っていく。
この男にしては珍しくそんな彼女の視線にも全く気付いていなかった。

さて弁当を開けようかとしたときに兄から電話がかかってきた、今日はこちらの東京の事務所に寄る予定なのだ。
『義明、久しぶりに外で昼を食わないか?ここのところ忙しくて昼はろくな物を食べてないだろう?お詫びにおごりだ、なかなかの店だぞ?』
「…折角ですが兄さん、実はお弁当があるので今日はすみません」
『弁当?高耶君のか?そうか、いいなー若い奴は愛妻弁当か?ハハハッ』
「に、兄さん!!」
『照れるな、俺だって昔は愛妻弁当くらい作ってもらっていたぞ?今だって実家にいれば愛妻弁当くらい作ってもらえるぞ?』
「わかってますよ、兄さん達が仲のいい夫婦だと言うことは、イヤと言うほどねっ」
『ははは!羨ましいか義明?だったらおまえもさっさと高耶君を紹介してしまえばいいんだよ』
「…兄さん」
『ん?それともおまえはそれほどの付き合いじゃないのか?単なる遊びか、今までと同じなのか?』
「違います、あのひとを誰かと同じになんて考えたことはありませんっ。一度だって…あのひとだけは、俺の唯一無二のひとですから」
『そこまでわかってるなら迷うこともないだろ?そろそろいいんじゃないのか?なに家族が反対しても俺だけはおまえ達の味方になってやるから安心しろ、すぐにはだめでもいつかお母さんだってわかってくれるさ、おまえが幸せでいることが家族の望みなんだからな。だから今のおまえを見て反対する家族なんていやしないさ、それでももしも反対しても、それはおまえを大事に思っているからなんだわかってやれよ?』
「わかってますよ。そうですね、なら今度のお休みにでも実家に高耶さんを連れて行きますっ」
『おいおい、何もそこまで急に…』
「兄さんは味方なんでしょ?頼りにしてますよ」
『わかった、わかった。それとなく言っとくよ、いきなりじゃいくらうちの両親でも卒倒しかねないからなっ』
「そうですね、頼みます」
電話を切って直江は弁当の蓋を開けた。
そこには色とりどりの野菜などがバランスよく敷き詰められている、直江の体を気遣って高耶が一生懸命考えてくれたのだろう。

(こんなにすばらしいひとを認めない人間がいるだろうか…っ)
直江は嬉しそうに高耶の愛妻弁当を食べ始めた。ひとつひとつの味に愛情を感じる。
(ああ、俺の高耶さん!あなたはどうしてこんなにすばらしいひとなんだッ、ああ、皆に言いふらしたい…あのひとは俺のものだとッ。俺だけのものだとッ!!)
箸を握りしめて打ち震える直江を目撃した人々は、見なかったことにした。
「でも、肝心のあのひとは、許してくれるだろうか?」
結局は高耶次第なのだった。

「…冗談じゃねー…」
家に帰ってから居間のソファーで隣りに座ってくつろぐ高耶に直江は昼間の兄との話をした。
「高耶さん…」
「て、いいたいとこだけど、正直言って嬉しいのと恐いのが半々かな。…だってもしかしたらそれでおまえは今まで大切にしてきた家族を捨てることになるんだぞ?それでもいいのか?それに…もしかしたら…」
「後悔ですか?しないとは言えないかも知れません。だからといってあなたとのことをこれ以上隠せるとも思えませんし、隠したくないですっ」
「…直江…」
「それとも、反対されて別れることになりそうで…恐いですか?」
ビクッと高耶の体が揺らいだ、直江は溜息を吐いた。
「まだそんなことを考えているんですか…そんなに俺は信用できない?」
「そうじゃない、そうじゃないけど…っ」
高耶は居たたまれなくて俯いてしまう。
「もしも、無理矢理別れさせるようなことをするなら…殺しますよ」
「直江ッ」
「だってそうでしょ、あなたから離れて生きる意味は俺にはないのだから…今更、ひとつふたつ罪を重ねることなんてなんとも思いませんよっ」
「もういい!わかった、わかったから!オレが悪かったから、それ以上言うなッ!」
高耶は悲鳴のように叫んで直江の言葉を遮るように抱きついた。

この男なら本気でするかもしれない。
だが直江は家族をとても大事にしている。痛いほどに、それは誰より高耶が知っている。
それでも、いつでも直江は自分を優先するのだ。
分かっていて、それを言わせた自分を高耶は攻めた。
「高耶さんのせいではないですよ…」
(わかっている、わかってるッ!)
高耶は泣きたくなる、本当にどうしてこの男はこんな自分をここまで好きでいてくれるのか、奇跡だとしか言い様がない。
「直江…っ」
唇を押しつけて自分から直江の唇を貪欲に求めた。
(好き…好きだッ、おまえだけいればいいッ、他になにもいらないから!だからどこにもいかないでくれッ!)
高耶の叫びが聞こえたように直江の顔が一瞬歪む、しかしすぐに慰めるように奪い尽くすように舌を絡めて口腔を探る。
「高耶さん、愛している…あなただけがいればいいッ…!」
そのままソファーに高耶を押し倒し、邪魔な衣服を千切るように脱がしていく。
裸体を絡ませ、夜の狂宴が始まる。
二人だけの永久の儀式。

そのすぐ傍で電話がなっているのも二人の耳には届いていなかった。

電話をしていた相手は電話を切って振り返る。
「ダメみたいです、もう寝たのかもしれません。最近扱き使ってしまったから…」
「まぁ、ダメじゃないの照弘さん!」
妻が恐い顔で睨んでくる、だがその義理の母は笑っている。
「あらあら、いいのよ。義明でお役に立つなら構わないからどんどん使ってやりなさい、また帰ってこなくなりよりもずっといいわっ」
「お、お母さん」
行方不明の時にさんざん心配をかけたのだ、本当は実家に縛り付けておきたいのだが本人がどうしても頷いてくれない、それなら照弘のところで監視ではないが仕事でもして縛り付けたほうがまだ安心だった。
「でも、もうそんな心配もしないですむかも知れないわね…」
義明が戻ってきてから初めて会った青年。
仰木高耶という人物の名は何度か義明を捜していて聞いた、だが家族の誰も彼を知らなかった。
ずっと会って見たかった、義明とどんな関係なのか。
そして会ってみて義明にとってとても大切なのだと知った。
このひとになら義明をまかせても大丈夫だと思ったのだ。いや、きっとこの子でないと義明はダメなのだと理解した。

「それにしも、家族全員が気付いていたとは思いませんでしたよ…。言って下されば義明ももっと早く話す気になったでしょうに…」
家族は皆、他の者に気を使って黙っていたのだ。
もしも、義明が打ち明ける日が来たら味方になってやろうと思いながら。
「似たもの家族というか…、しかも高耶君の家族とも話がついていたとは…」
照弘も驚いたのだ、高耶が一緒に住むことになって高耶の父が実は挨拶に来ていたのだ。
もちろん高耶には秘密で、その時はまだ高耶の父親は知らないようだったがそれから何度となく父親同士連絡を取るようになっていた。
お互い息子のことで話が合ったらしい。
妹の美弥は高耶達の仲を知っていたらしく、それで知ってしまったらしい。
初めは戸惑っていた高耶の父親も、幸せそうな息子に許さないわけにはいかなくなっていた。
「だってね、子供の幸せが一番だもの。ねぇお父さん?」
「…そうだな、アレは昔からどこか落ち着かなかったが、あの子といるときは地に足が着いていたな」
初めて二人を見たときに直江の父にはそう見えた。
今にもまた自分で命を絶ってしましそうだった子が、やっと自分の居場所を見付けたように誇らしげにいたのだ。
綺麗な瞳を持った彼の傍を守るようにして立っていた。

―――比翼の鳥のように。

「…直江…」
ベッドで眠っていた高耶が目を覚ました、まだ夜中で部屋は暗い。
「はい、ここにいるでしょ…?」
「うん」
左手の指を絡めて握り締め合う。
幸せそうに直江の肩に顔を押しつけ、そのままスヤスヤと眠る高耶。
それを守るようにして腕に抱いて直江も眠りに落ちた。

あなたがいれば、あなたのそばにいられれば、このまま…。


End 
 


★哲さん★
闇戦国は関係なく幸せにくらしている二人が設定なんですが…。なんだろこれ(汗)
あまあまは、む…むずかしいです〜(><;

★ゆの★
哲さぁ〜ん(><)なんだかじんわりするお話でしたよ!!うあぁぁぁぁ。直江が高耶さんをホントに大切に想ってる感じですごく良かったですvv一気に2作品もありがとうございます☆

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